野原りょうじ       恵理菜


野原りょうじ

催眠療法
(ヒプノセラピー)


人生の目的の探求

前世療法

スピリチュアル・
 カウンセリング


カラーセラピー

スピリチュアル・
 ヒーリング


クウォンタムタッチ・ ヒーリング

子供の頃から集団生活に馴染めない傾向があり、特に中学校に上った頃からは学校に行くことが苦痛でした。
当時は登校拒否をする生徒はまだ少なく、私の通っていた中学では一人もいなかったので、毎日毎日重い心を引きずって仕方なく登校していました。


たぶん今の時代だったら、私は学校へ行くことを拒否していたかもしれません。
学校の中ではいたって無口でしらけていました。

もちろんみんなと仲良く楽しくしたいという気持ちはあったのですが、なぜかそれができなかったのです。
自分でも不思議でした。
自分の中に周りを拒否してしまうような大きな壁が存在している感じでした。
あるいは周りとの関係を拒絶するもう一人の自分がいるような感じであったかもしれません。
また、学校で教える勉強がどうしても好きになることができず、定期試験の前などはいらいらしたり、憂鬱になったりしていました。


家族との関係もギクシャクしたものでした。
自分の中の壁やもう一人の自分のせいで、両親ともうまく話せなかったのです。
いろいろなことを話したい、いい親子関係でありたいという思いはあったのですが、自分の中の何かがそれを拒んでしまっていました。
両親は愛情深く子供に接してくれていたと思います。
すべては自分自身の問題だったのです。


高校へ上がっても私の傾向は変わることなく、周囲の楽しそうにしている人達を尻目に、一人の世界にいることが多かったように思います。
「なぜ自分はこうなんだろう?」
「自分は大きな欠陥を抱えているのではないだろうか?」
「なぜ自分は生きているのだろうか?」
「人間て一体何なのだろうか?」
こんなことを真剣に考え始めたのもこの頃です。



大学は唯一自由なひとときだったかもしれません。でも、やはり人との関係はスムースではなく、入ったサークルも長続きはしませんでした。
学校へは熱心に通うタイプではなく、その分いろいろなアルバイトをして社会の一部を垣間見ていました。


大学卒業後、ある企業に就職しました。
しかし前向きな気持ちはなく、長く勤めようとか、出世しようとか、そういう気持ちもまったくありませんでした。
意識のどこかで、心のどこかで、何か別のことを望んでいたような気がします。
でもそれが何なのかわからず、曖昧な気持ちのままサラリーマンとなったのです。
会社の人達は気持ちのいい人が多く、人間関係には恵まれていたと思うのですが、ここでまた私の中の壁やもう一人の自分が顕在化してきたのです。
それと同時に会社へ行くことが極めて苦痛に感じられてきて、結局1年で辞めてしまいました。


もともと長く勤めようとは考えてなかったのですが、結果的に1年しかもたなかったのです。
これはショックでした。
そして、「自分には大きな欠陥がある」という思いが強まり、それは重度の自己嫌悪となっていきました。
大学の頃さんざんやったアルバイトもできなくなってきました。
対人恐怖の傾向がより大きくなってきたからです。
当時アパートで一人暮しをしていたのですが、次第に引きこもり状態になっていきました。


この当時、私の支えとなってくれたのが精神世界やニューエイジ関連の本でした。
これらの本を読み漁っていくうちに、何とか自分を立て直していかなければという思いが出てきて、カウンセリングや催眠療法、様々なセミナーを受け始めたのです。


私は子供の頃から自己表現が苦手で、自分の悩みを人に話すこともなく、すべて心の中に閉じこめてきてしまいました。
それが溜まりに溜まって心のバランスが崩れていたように思うのです。
カウンセリングでは自分自身のことを話し自己表現していくことを行っていきました。
また、カウンセラーの方に大切なことをアドバイスされたことがあります。


それは、私自身の資質のひとつとして、極度の敏感性を持っていて、その敏感性が人との関係にも影響を与えているということです。
特に多勢の人の中にいると、他の人よりも多くのことを感じとってしまって、その分エネルギーを消耗しやすく疲れてしまうとのことでした。
だから人から離れて、無意識的に一人になろうとするのではないかということでした。
そしてこの敏感性は消し去ることはできない、むしろ受け入れてその敏感さを生かすようにしたほうがいいとのことでした。


催眠療法では、自分で感じていた周囲を拒絶してしまう心の中の壁やもう一人の自分について退行催眠で探っていくようなことを行いました。
自分ではあまり意識していなっかたのですが、小学校2年から3年に上がるときクラスが変わり仲のよかったグループがばらばらになってしまたことがありました。
そのとき私はものすごい悲しみと怒りを感じ、また新しいクラスになかなか馴染めなかったので「もうどうでもいいや」と投げやりになり自分を閉じてしまったのです。
そしてその後少しずつ好ましくない自分の傾向が出来上がってきたみたいなのです。


催眠状態でこの「もうどうでもいいや」という認識を手放したり、この当時の自分(インナーチャイルド)を元気にしてあげることなどを行っていきました。
前世療法もかなり受けました。
そして前世と思われるものが何度も私の意識の中から出てきました。
その中でも印象的だったのは、太平洋戦争で南方へ行った日本兵の前世です。
とても悲惨な戦争体験をしてそれがトラウマとなり、極度の人間不信になったみたいなのです。
催眠状態でこのときの感覚・感情がはっきりとよみがえり、そしてそれは今の自分の中にも残りつづけているものだと感じました。
国家という集団、軍隊という集団・グループ。
その中で自分の心が破壊され、そのイメージが今の私の潜在意識に残っていて、結果として集団生活に馴染めなかったり、人間関係が苦手だったりするのかなとも感じました。
もちろんこの前世の記憶が本当かどうかはわかりません。
勝手な想像かもしれません。
でもこれらの前世療法を通じていくつもの大切な気づきを得ることができましたし、癒された部分もありました。


また、自己催眠法をマスターして、肯定的なイメージや暗示の言葉を潜在意識にインプットしていきました。
そして少しずつですが心の中で凍っていた部分が溶けはじめ、自分自身と現実が変っていったのです。
カウンセリングや催眠療法を何度も実体験することにより、自分でも勉強したくなってきました。
心理学やカウンセリングの本を読み漁ったり、講習会・セミナー・ワークショップなどを数多く受講しました。
その中でも大きな手助けとなってくれたのが催眠療法のセミナーでした。
このセミナーにより、催眠技法を実践的に学び、催眠療法を行なえるようになったのです。


“オフィス ソウェイル”を開業。
催眠療法をメインに行ない、また、外国人講師によるセミナーやセッションのサポートなども行なってきました。
“ヒーリングスペース ソウェイル”に名称変更してからは、現在、私は催眠療法・ヒーリングを、妻はカウンセリング・カラーセラピーを行なっています。


私は催眠療法では、クライアントさんとその人の潜在意識や心をつなぐ仲介者でありたい、ヒーリングでもクライアントさんと宇宙のエネルギーをつなぐ仲介者でありたい、そう思っています。
そしてこのセラピー・ヒーリングの場が、お越しいただいた方のお役に立てる場であることを願っています。