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恵理菜のお話の会(人生の創造者としての自分を振り返る)のお誘い

運命とは、どこかよそから勝手にやってくるものではない。

自分自身の中で成長するものである】      by ヘルマン・ヘッセ

 

早いもので 2011年ももう半分を迎えようとしています

3月には東日本大震災という未曾有の出来事に見舞われ

たくさんの尊い命や建造物が失われました

 

震災のまっただ中にあるかたにとって 冒頭に書いた言葉は無責任で残酷にお感じになるかもしれません

ただ私がお伝えしたいのは たとえどんなに悲惨な状況のまっただ中にあっても

その出来事の被害者になるのではなく ご自分の人生の主人公として雄々しく両足を踏みしめ

胸を張り前を向いて生きていっていただきたいということです

 

幸い大きな被害を受けることはなかった方々の中にも

今回の出来事によって 物の考え方・生き方が大きく変わった方も多いのではないでしょうか

 

6月はちょうど1年の半分に来ます

今年上半期を振り返り あなたの中に潜んでいる恐れや不安を吐き出してすっきりしませんか?

解決できないでいる悩みや手放せないでいる想いを思い切って外に出すことで

あなたの心は大きなおもりを手放して軽くなることでしょう

 

また参加者全員のお知恵を借りて みんなでお互いの悩みを解決できるようにお話合いをしませんか?

今回は特別に私が過去に犯した大きな過ちをお話したいと思います

そしてその過ちから逃げないで 

今ここで偉そうなことを言えるようになったのはある方にその過ちを思い切ってお話したからです

 

人は誰でも自分の人生の創造者です

創造してきた人生があなたの思い通りに出来上がっているか・そのためには何が必要なのか

みんなで一緒に考えてみませんか?

また天使からよりよく生きるためのヒントを得るための特別なキットも活用しながら

もちろん天使からのアドバイスも受け取ります

 

いつもの通り みなさんおひとりおひとりに天使からのメッセージと

恵理菜手作りのお菓子でご参加をお待ちしております

 

今回のお話の会(ミニワークショップ)は懺悔会・・・かな

でも心の中に絶対人に話したら嫌われる・軽蔑されると思っていることを

天使達のいるお話の会で声に出すことで あなたの心はきっと晴れやかに軽くなることでしょう

 

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【講師】 恵理菜(サイキックコンサルタント)

【日時】 5 月26日(日) 午後1時~午後4時
    
【会場】 シティ音羽2階・集会室
※マンション1階・ペルシャ絨毯店の向かいの「事務所・集会室入り口」から
2階へお上がりください。

【参加費】 6千円 

【お申し込み方法】 お電話でのお申し込みとさせていただきます。
             電話番号 (03)5976-9275

 

 

今日という日に出会えたことに感謝を
生かされている今を味わいつつ
明日という未来に望みを託しましょう
あなたにとって 明日が今日よりももっと愛と幸せと豊かさに満たされますように・・・

希望~天使からのメッセージ

 

この宇宙を 夜の闇がすべて覆いつくしても

必ず 日はまた昇る

そして

世界は 希望の光に照らされる


今は 闇に覆いつくされたあなたの心にも

再び 明るい光が差し込む時がやって来る


そう・・・

また明日という日がやって来ることを 

あなたが信じている限り


日は沈み 

日は昇る

それを 繰り返しながら この宙は 生きている

その大切な営みを あなたが忘れないでいる限り



夜明けの希望の天使たちから そんなメッセージ

信じていれば 必ず見えるはず

翼を優雅に広げた天使たちが 

夜の闇を 空から運び去っているでしょう?

だから大丈夫

 

今日という日に出会えたことに感謝を
生かされている今を味わいつつ
明日という未来に望みを託しましょう
あなたにとって 明日が今日よりももっと愛と幸せと豊かさに満たされますように・・・

目に見えなくてもそこにあるもの

あなたは願ったことはありませんか?

 

「天使の姿を見てみたい!」
「天使の声を聞いてみたい!」
どんなに願ってみ持て その姿や声をはっきりと姿・形で捉えられることはなかなか稀なこと

「本当に天使なんて存在するのかな?」
「目に見えない世界なんてあるのかな?」
そんな気持ちになっても仕方がないかもしれません

けれど 実際に天使を含む目に見えない世界は存在しています

ほんの少し前のことです
天使とコンタクトが取れる(と信じている)知人数人と集まった時
その場所に なんだか得体の知れない気味の悪さを感じた私は
心の中で 大天使ミカエルにそっとお願いしました
『ミカエル!どうか私達を護ってください
あなたの大きな羽で この場所全体を包み込み
邪悪なものが入り込めないようにしてください』
と・・・・

それからしばらくして
視覚的に天使の姿を捉えるのが得意な知人のひとりが
不思議そうな声をあげました

「あれ?なんでだろう・・・
ミカエルがこの部屋いっぱいに羽を広げてる!」

ミカエルにお願いしたことは 誰にも話していません
けれど視覚的にはっきり天使を見ることのできる能力をもった知人には
大柄なミカエルがその場所の片隅にふわりと降り立ち
その部屋全体を包み込むように羽を広げたのが見えたのでした


肉眼で見えていなくても 
こんな風に 天使達は存在しています
そして間違いなく 私達がお願いしたことを実行してくれているのです

だから大丈夫
あなたが天使にお願いしたことが
あなた自身の心を幸せにしてくれ
それがまたあなた以外の誰かも幸せにしてくれるようなものであるならば
天使はあなたをサポートしてくれているのです



今日という一日が 愛と希望で彩られますように
そして明日には それが一層輝きを増しますように・・・

 

あがり症の友人

(By 野原りょうじ)

「人前で話をしたりすることは結構得意だったんだけど。」と彼は言った。久々に会った大学時代の友人だ。彼は会社勤めをしていて、会議やプレゼンテーションなどで大勢の人前で話をする機会が多くなってきているようなのだが、どうもうまくいかないらしい。

「なぜか怖くなっちゃうんだ。」と彼は力なく呟く。今の大きな悩みのようだ。

大学の頃、確かに彼は人前で活発に話をしていた。ゼミが一緒だったのだが、いくつかの大学が集まって行うゼミの発表会などでも積極的に発言していたし、いわゆるあがり症の傾向はまったくなかったように思う。なのに就職してから人前に出るのが苦手になっていったようなのだ。
 
「何か原因があるんじゃないの?」と僕は尋ねてみると、彼は首をかしげる。「原因? 何かあるのかな?」 彼はしばらく考えこんだ。「学生時代は平気だったんだから、就職してから何かきっかけとなるようなことがあったかもしれないよ。」と僕が言うと、「そういえば…」と何かを思い出したように彼は話し始めた。
 
「就職してすぐに新入社員歓迎会があったんだよ。そこで酔った上司から「お前何か芸はできないのか?」って言われて、大学のコンパでやっていた一発芸をやったんだ。ウケるだろうっていう自信はあったんだけど、周りは大人ばかりで学生時代のノリって合わなかったみたいでさ、しらけちゃったんだ。上司も苦笑いしていて、その時「ヤバイことしちゃったかな?」って思ったんだよね。何か会社生活の出だしでつまずいたって感じだったよ。」
 
「へー、そんなことがあったんだ。」僕は相槌を入れた。すると彼は「その後も似たようなことがあったな。」と、さらに話を続けた。「その後、社員旅行があってさ、その時の宴会でも前に出されたんだけど、歓迎会の時のことが頭にあったから妙に考えこんじゃって結局何もできなかったんだよね。どうもそれから人前に出ることを控えるようになったかもしれないな。」
 
「その時さ、周りの人から何か言われたことや自分で思い込んだことなんてなかった?」と僕は尋ねた。
 
「そうだね、ある先輩から「お前、普段元気だけど人前に出るとおとなしくなっちゃうな」って言われて、それがショックだったかな。先輩にそう言われて、「俺は人前はダメなのかな」って思ったかもしれないし、プライドが傷つけられた感じもしたんじゃないかな。」
 
友人のあがり症の原因は、この新入社員の頃のことが原因なのかもしれない。歓迎会での一発芸がマイナス体験となってしまい、その時のイメージが強く潜在意識に残ってしまった可能性がある。その後、社員旅行の宴会で何もできず、先輩から言われたことや自分で思いこんだことが暗示となって、今も彼の潜在意識を支配していることも考えられる。もしそうだとすると、人前に出ると無意識的に新入社員の時のマイナス体験が重なってしまい、また、「自分は人前はダメなんだ」という自己暗示に翻弄され、結果として怖くなってしまうのかもしれない。
 
こういうことって結構あると思う。人前でのあがり症に限らず何か苦手なことがある場合、その原因となる体験があって、その時のイメージが強烈なマイナスイメージとして残ってしまったり、周りの人から言われたことや自分で思いこんだことなどが暗示となって、その後の自分に影響を及ぼすのだ。特に気が動転している時やアルコールが入って自己コントロールが緩んでいる時などは催眠状態とも言えるので、暗示にもかかりやすい。
 
「こんなこともあるみたいだよ。」と僕は言った。「完璧に何かをしようとする人もあがり症の傾向が出やすいみたいなんだ。人前で話をする時、まるで政治家のように雄弁でないといけないと思っていたりして、だからちょっとでも緊張したり話につまったりすると、そういう自分が許せなくなってしまって、どんどん自分を追いこんじゃうみたいなんだ。」
 
「それって俺に当てはまるね。昔から結構プライドが高くて、皆に認めてもらいたいという気持ちが強いんだ。だから、ちょっとでも批判されたり、うまくできなかったりすると、自分を責めちゃうんだよな。自分にとても厳しいとこもあるのかな。」
 
自分に厳しかったり完璧を求めることって、自分を向上させていく上では必要なこともあるだろうが、それが強すぎると逆に自分を苦しめることにもなってしまう。確かに友人も学生の頃から我の強いところがあって、社会に出てからそれが自分を圧迫していく原因になったかもしれない。僕自身もそうだった。妙に自分を認めてもらいたくて自分以上の自分を作り出そうとして、でも逆にそれが自分に圧力をかけることになって、ものすごく疲れて参ってしまった時期がある。
 
「自分の弱さとかできないところとかも認めて受け入れて、等身大の自分として生きていけるといいだろうな。ヘンな見栄とか張らないでさ。」友人はこう言って、さらに続けた。「人前に出る時、つい肩肘はって堂々と振舞おうとするから逆によくないんだろうな。緊張しちゃいけないっていつも思っているし。だからよけい怖く感じちゃうのかな。もっと自然になれれば楽だろうな。どうしたらそうなれるだろう?」
 
「たぶん少しずつそうなれるんじゃない? そのことに自分で気づいたんだから。後は新入社員の時のマイナスイメージを弱めて、自己暗示をはずしていければ、徐々に楽になっていくと思うよ。それにさ、元々は人前は得意だったんだからさ。」

その後しばらくして、彼と電話で話した時、あがり症のことを聞いてみた。「その後、どう?」
 
「前よりは気が楽になってるよ。緊張はあるけど、それは今は仕方ないって考えるようにしてるよ。それとさ、うまく話そうとは思わないようにもしてるんだ。とりあえず、話すべきことだけ何とか話せればそれでいいかなって気軽に考えてる。話してる最中、たまにつっかえたりもするけどね。でも、前のような怖さはなくなってきたかな。」
 
もう少し時間が必要かもしれないが、友人のあがり症は徐々に改善されていくんじゃないかなと思う。

肉を食べるということについての考察

(By 野原りょうじ)

以前このブログで、「最近、僕の心境に変化が起きている。そのひとつは、急に物に対する欲求がなくなったのだ。ようするに、物欲がなくなったのだ。」と書いた。この心境の変化にもう一つ、追加したいことができてきた。

「肉を食べる」ということに、ためらいを感じるようになってきているのだ。

僕は、ベジタリアンではない。子供の頃から牛や豚などの肉を、何のためらいもなく食べてきた。それは僕の食生活では当たり前のことであり、肉を食べて「美味しい」とも感じていた。

特に牛丼やハンバーガーには、お世話になってきた。「メニューは、すき家が豊富だけれど、牛丼の味的にはやっぱ吉野家だよな。」とか、「安さでいけばマックだけれど、ハンバーガーの味的にはやっぱモスだよな。」とか、一人ぶつぶつ言いながら、吉野家やモスバーガーに行っていた。

そんな僕が、最近、牛丼を食べたりハンバーガーを食べたり、その他、肉を使った食品を食べることに、ためらいと言うか、戸惑い言うか、何とも微妙な心境の変化が起きてきているのだ。別に肉が食べられなくなったわけではない。食べようと思えば食べられる。でも、いざ肉を前にすると「ちょっと待てよ。僕はこれを食べていいのだろうか?」という疑問が生じるのだ。

その疑問について考えてみると、牛にしても豚にしても、皆、意識を持っている。そして、意識だけではなくて感情も持っているんじゃないかと思うのだ。例えば僕が、牛を子牛の頃から愛情深く育てたとする。そうすると、当然その牛は僕になついてくれるだろうし、僕の意思も感じ取ってくれるであろう。ひょっとしたら僕のほうでも、その牛の意思や感情を感じ取ることができるかもしれない。

僕の家には猫が2匹いるが、その2匹の猫の意思や感情は手に取るようにわかる。ペットを飼っていらっしゃる人にはわかってもらえると思うのだけれど、動物と生活を共にすると、その動物との意思の疎通ができてくるのだ。だから牛や豚にしても同じことだと思う。

例え食肉用として育てられた牛にしても、それは同じことだと思う。その牛には意思があり感情があるのだ。だから、食肉用として殺される時、その牛は何を感じるのかと僕は考えてしまう。たぶん、おそらく、恐怖を感じているのではないだろうか? 無感情に殺されるのではなく、恐怖という感情を抱いて死んでいくのではないだろうか?

そう考えると、何かせつなくなってくる。同じ地球上の生き物として、ある意味、僕らの仲間として牛も豚も存在している。その仲間を、食べる目的で成長させて、殺して、切り刻んで、食するということが果たして理にかなったことなのかどうか。肉を食べようとする時、このような考えが僕の脳裏に浮んできてしまうようになったのだ。

僕はオリンという名のE・T(地球外存在)とコンタクトをとっているが、オリンさんに「肉を食べる」ということについて尋ねてみた。すると、こんな答えが返ってきた。

「りょうじさんの意識が第3次元的なことから離れたがっているみたいです。動物の肉を食べるという行為は、第3次元的な行為です。ですから、りょうじさんは肉を食べるということに戸惑いを感じ始めているのです。ただ、長年、第3次元で生きてきた人間として、動物の肉を食べるという習慣が潜在意識の中に染みついてしまっています。そして子供の頃から美味しく料理された肉を食べてきていますので、どうしても肉=食べ物=美味という観念ができあがってしまっているのです。結論を言いますと、食べたければ食べればいいのです。食べたくなければ食べなければいいのです。りょうじさんの自由意思に任せればいいのです。」

オリンさんは、続けて話してくれた。「しかし、本来、人間の身体は動物の肉を食べることには適していません。動物の肉を食べることによって引き起こされている病気もたくさんありますし、そのため寿命も限られたものになっています。人間の身体に理想的な食べ物は穀物と野菜と果実です。穀物と野菜と果実を食べる生活をすれば、治る病気もあります。でも現時点では、肉を食べるかどうかについては、そんなに神経質にならなくてもいいと思いますよ。」

なるほど。そんなに真剣に考えなくてもいいんだね。食べたければ食べればいいし、食べたくなければ食べなければいい。ただそれだけのことなんだね。オリンさんの話を聞いて、少しほっとした。「肉を食べてはいけません。肉を食べているとアセンションできませんよ、りょうじさん。」なんて言われたら、どうしようと思っていたから。

僕の家では仕事柄、外食が中心になっていて、外食となるとどうしても肉料理がつきまとってくる。そのたびに、ためらっていたり考えこんでいたら、それこそ疲れてしまう。僕は今、人間なんだから、食べたいものや食べられるものを食べればいいのだ。そう考えると気が楽になる。

でも、おそらくなんだけれども、僕はだんだんと肉が食べられなくなっていくんじゃないかなと感じている。今すぐそうなるというわけではないけれど、僕の身体が肉を食べるということを受けつけなくなるように感じる。現時点での漠然とした感覚だけれどね。

チャネリング個人セッションのお知らせ

(By 野原りょうじ)

僕がチャネリングする存在は、プレアデスという星雲からやってきているオリンという名前の愛に満ち溢れたE・T(地球外存在)です。

ある日、オリンは僕の元を訪れ、僕のチャネリング回路を開いてくれました。そして、その日から、毎日、オリンとの交信が始まったのです。(詳細はHPのブログ「未知との遭遇」「未知とのコンタクト」をお読みください。)

オリンとのコンタクトは、僕の個人的な事やアセンションについてのことが中心になっていましたが、僕以外の人達ともコンタクトをとりたいと話してくれました。そして、僕がオリンと皆さんとの架け橋になって、愛に満ち溢れたメッセージをチャネリングという形式でお伝えする仕事を引き受けました。

E・Tというと、「怖い」とか「気持ち悪い」とか、あまりいい印象をお持ちでない人もいるかもしれませんが、僕にとってE・Tは天使と同じ存在です。(実際、オリンは天使のように柔らかく優しいエネルギーをもった存在です。)

僕は中学生の頃からE・Tの存在を信じて、E・Tに憧れていました。そして、いつの日かE・Tと出会って友達になるというのが僕の夢だったのです。その夢が絶妙なタイミングで叶いました。そのタイミングとは、地球と人類がアセンションという次元上昇を経験する直前の、今この時なのです。

地球と人類は、今まさにアセンションの時代を迎えようとしています。そのため、様々な混乱が起きることも予想されます。皆さんが無事にアセンションを迎えて、次元上昇した第5次元の世界でワクワク楽しめる人生を送れるますよう、願わずにはいられません。

このチャネリングの個人セッションでは、お越しいただいた人にオリンが今一番伝えたいメッセージを僕の口を通してお伝えしていきます。何か悩み事がある方には、オリンからのアドバイスもお伝えしていきます。

(僕とコンタクトをとってくれている存在は、オリンの他にお釈迦様がいます。お釈迦様も個人セッションに協力してくれると言っているので、場合によってはお釈迦様からのメッセージが出てくることもあります。)

カウンセリングの時間もとりますので、チャネリングから得たメッセージについて検討することもできます。

さあ、この第3次元での課題や宿題をやり遂げて、一緒に光に満ちた世界へ移行していきましょう。

 

チャネラー:野原りょうじ

料金:90分 10,000円

天使はどんなあなたでも愛しています

天使がどうだとか エネルギーがどうだとかばかりの私は
いわゆる常識人を自認する人たちからすれば
「もっと地に足をつけて 現実を見つめて生きなさいよっ!」
と言いたくなる存在かもしれません

でも幸いなことに 私は友人知人に恵まれています
天使とつながりたいなんて突拍子もないことを言い出した時も
そんな私を否定しないどころか
「あなたが天使が見えるようになって
リーディングができるようになったら
絶対に見てもらうからね
楽しみにしているわよ」
なんて励ましてくれる人がたくさんいてくれました

だから天使とつながったとわかった直後のこと
ある友人のところに遊びに行った時
(練習も兼ねて)
彼女の守護天使からのメッセージを受け取ってみようと思っていました

「ねえねえ
あなたの天使とつながってみましょうか?」
と いきなり言うのもためらわれて
きっかけを探していたら・・・・

不意に 彼女の右後方に 
まるでスーパーモデルのようにスリムで背の高い天使が見えてきたのです

「わぁ・・細い天使
あなたの後ろに ものすごくスリムで背の高い天使が見えるわよ」
思わずそう言った瞬間
今まで笑っておしゃべりしていた彼女の顔が一瞬にしてこわばりました

「私の後ろに見えるの?」
そう言いながら居心地悪そうにもぞもぞして
何とか話題を変えようとするではありませんか

あれ?
あなた 確か私が天使とつながったら
リーディングしてねって楽しみにしてくれてたよね?

そう言いたい気持ちを抑えながら
私の膝でうとうとしている
彼女の猫をなでていました

すると今度は その猫の側に犬が寄り添っているのが見えて来ました

「小さい頃 犬を飼ってた?」
さっきの彼女の様子からすると
あまりいい反応は期待できないなと思いつつ 
気になって尋ねずにはいられませんでした

「ええ 何匹も飼ってたわよ」
と 彼女
「じゃあ その中に 茶色の柴犬みたいなコはいなかった?」
と 私
「いたわよ
いつもだったら飼っていた犬が死んでから 
また新しい犬を飼うんだけど
そのコだけは 生き別れだったのよね・・・」

彼女の話によると
その茶色の柴犬に似た犬(名前はちび)が
郵便配達員に噛み付いてしまい
そのまま家に置いておけなくなり
知人の家に預けられることになったのだとか

「子供の足では けっこう遠かったんだけど
姉とふたりで ちびに会いに行ったものよ
新しい飼い主になつかなくなるからって
きちんと会いに行くことは禁じられていたの
でね よく垣根越しにこっそりちびを見ていたわ
ちびも私たちを見つけると
わんわん大きな声でほえていたものよ」
と なつかしそうな彼女

「そのわんちゃんが 
今もこ(彼女の猫)についていてくれるみたいよ」
と 私

「猫に犬がついているの?」
と 彼女はちょっと信じられないって感じで笑ったけれど
私にはちび(犬)がもこ(猫)に共感をもっても不思議はないと思いました

実は もこは元野良猫
線路上を声をからしてさまよう まだ大人に成りきっていない猫でした

それを彼女の友人が保護したものの
友人の先住猫との折り合いが悪く
彼女のもとに貰われて来たのです

ちび(犬)は 彼女のところから 別の飼い主のもとへ
もこ(猫)は 野良を経て彼女の友人のところから 彼女のもとへ
きっとちび(犬)は 自分が一緒に暮らせなかった分も
もこ(猫)が彼女と一緒に幸せに暮らせるように
そっと見守ってくれている・・・そんな気がしました

そうこうしているうちに
彼女の守護天使の話は 曖昧なまま終わってしまいました

けれど彼女が天使に興味がないわけではないと思います
ただ 怖がっている・・・そんな風に感じました

「私の後ろに・・いるの?」
私が守護天使の話を始めた時
体をこわばらせて 目だけきょときょと動かしている姿は
まるで後ろに幽霊がいると言われたかのようでした

私は実際に天使とつながってみて
天使は愛そのもので
私たちが欠点だらけの問題児であったとしても
愛と光にあふれたメッセージを伝えてくれるとわかっています

生きていれば 誰しも 
誰かを憎んだり 疎ましく思ったり
他人の不幸を願ってみたりすることもあるでしょう
やってはいけないことをやってしまうこともあるでしょう

そういう自分を自分で否定していると
「こんな私だから きっと天使に叱られる
天使からダメダシをされるに違いない」
なんて 思ってしまうかもしれません

以前の私もそう信じていましたから
だから天使からどんな叱責をくらうのかが怖くて
なかなかリーディングを受けられませんでしたし
『私のような駄目な奴が
天使なんかとつながれるわけがない』
と密かに思っていたのです

彼女も 以前の私と同じように感じているのでしょう
自分に厳しくて
言いたいことも言わず
いろんな感情を自分の中に押し込めている彼女なら
多分そうじゃないかなって思うのです

セッションでも光の存在たちからのメッセージをお伝えすると
「ああ!よかった・・・
もっとちゃんとしろって叱られるかと思ってドキドキしてました」
とおっしゃる方が 結構いらっしゃいます

実際の天使は
行いのよい人間には やさしいメッセージを
行いの悪い人間には 厳しい叱責の言葉を送るなんてことはありません

私たちがいい奴であろうとなかろうと
常に今の私たちが癒され 勇気づけられるメッセージを
私たちがどんなに愛されているかを感じられるメッセージを
伝えてくれるのが天使なのです

ただ物事には何でも タイミングというものがあります
私の友人は まだ天使からの愛にあふれたメッセージを受け取るだけの
心の準備が出来ていなかったのでしょうし
受け取るかどうかも本人次第

でもいつか天使を信頼して 
天使からの愛にあふれたメッセージを受け取ってもらえたら・・・と
心ひそかに願っています

今日という日を笑顔で輝かせましょう
明日というすばらしい未来を もっともっとステキにするために・・・

 

スタバ

(By 野原りょうじ)

「趣味は?」と問われると返答に困ってしまう。これと言って熱中できるものがないのである。だから、「これが僕の趣味です。」と自信を持って言えるものがない。

でも、好きなことはある。

スタバでボォーとすることである。

スターバックス・コーヒーには、よく行く。スタバの日本一号店が東京・松屋銀座の裏にできたのは1996年で、当時から雑誌などでよく取り上げられていた。僕も早速、行ってみたのだが、雰囲気が洒落ていて、BGMがいかしていて、そして何よりもコーヒーが美味しかった。

僕は結構コーヒーにはうるさいほうなのだが、スタバのコーヒーは美味しかった。それに値段も安かった。スタバと言えば、キャラメルマキアートやラテやフラペチーノが人気だが、僕はホットのコーヒーを注文する。以前は、「本日のコーヒー」といって、日替わりでいろんなコーヒーが楽しめた。最近でも日替わりというのは変わらないけれど、「本日のコーヒー」という言い方はなくなり、ドリップコーヒーという言い方になっている。

当時、銀座の一号店は非常に混雑していて、せっかく行っても席が空いてないこともしばしばあったが、その後、スタバはあっちこっちに店を出し、当初の混雑ぶりは回避されていった。それでも、午後から夕方にかけては学生やビジネスマン、ショッピング帰りの若い主婦達でいっぱいになることもある。だから、僕はスタバには午前中の早い時間を狙って行く。午前中、仕事が入っていない時には、たいていスタバにいる。近所のスタバまで散歩がてら、ぶらぶら歩いていくこともあれば、気が向いたら地下鉄に乗って原宿・表参道や六本木・東京ミッドタウンのスタバに出向くこともある。

朝の早い時間のスタバは空いていて、気持ちいい。大声でしゃべったり笑ったりする人もなく、皆、静かにコーヒーやラテを飲みながら新聞を読んだりしている。そんな中で、僕も一人、いつものようにコーヒーをゆっくり時間をかけながら飲み、ただボォーとするのだ。なるべく頭を働かせないようにして、思考を止め、ある意味、瞑想状態のような感じでボォーとすることに努める。

人間は思考が止まっている時が一番エネルギーの流れが良くなると言われている。だから、瞑想やヨガや催眠がエネルギーの流れを良くするには向いているのだ。僕がスタバでボォーとしている時は、軽い瞑想状態か催眠状態かもしれない。しかも、朝の早い時間だから、僕にとっての一日のスタートにはとてもいい時間の過ごし方なのだ。

まだ手付かずの、汚れのない、真っさらな朝。窓際の席に座って、外の景色や空を眺めてボォーとする。美味しいコーヒーをすすりながら、センスのいいBGMに身を委ねながら、ボォーとしていると、ちょっぴり幸せな気分になってくる。

コーヒーを飲み終えて、ボォーとすることに飽きてくると、今度は自分の望むことをイメージしてみる。簡単なイメージトレーニングだ。トレーニングと言ってしまうと堅苦しくなるので、イメージして遊ぶと言ったほうがいいかもしれない。でも、ボォーとしている時は軽い催眠状態なので、その直後にイメージしたことは潜在意識に伝わりやすくなっている。朝一で、潜在意識にいいイメージを伝えることで、気分もさらに良くなってくる。

こんな風にして仕事のない午前中は、僕はたいていスタバで時間を過ごしているのだ。そしてその時間は、僕にとって結構貴重な時間であり、いい気分転換ができる時間でもある。日常からちょっと離れて、リラックスするには絶好の時間なのだ。

スタバの快進撃以降、スタバのような店がたくさんできてきた。でも僕はスタバ派だ。他の店には入らない。頑なに、他の店には入らない。

禁煙スタイルをとっているところもいいし、バリスタ(スタッフ)の接客態度もとてもいい。もし僕が今、大学生だったら、スタバでバイトしてみたいなんて思ったりもする。

とにかく、僕には自慢できる趣味はないが、自分なりの有意義な時間の過ごし方を持っているだけでもいいんじゃないかな、と思う。

【ワークショップへのお誘い】天使とカードでコミュニケーション♪

天使はどんな時でも 私達人間の味方です

いつも側いて あれこれと私達が幸せになるためのアドバイスしてくれているのですが

残念ながらなかなか超繊細でポジティブな天使の言葉を聴きとるのは なかなか大変

 

でもそんな時に 天使にあなたが困った時・迷った時・選べない時・人生の岐路に立った時

これからどうしたらいいのだろ・どうなるんだろう・・・と不安になった時

 

自分って何をする為に生まれてきたのだろう
求めている生き方とはどんなものなのかしら
本当の自分らしさって何?

出来ることなら自分らしさを活かして、
誰かの役に立ちたいけれど 自分に一体何が出来るのだろう

 

そんな疑問や悩みに 直接天使から答えを教えてもらう代わりになる方法があります

それがエンジェルカード或いはオラクルカード(予言カード)と呼ばれている

天使を表す数字「4」と関連の深い44枚からなるカードです

 

恵理菜の全く個人的な感想ですが 

正位置とか逆位置(さかさま)によって意味が異なってきたりするタロットカードとはまた一味違う

あなたに愛と勇気を与えてくれるエンジェルカードで 自分を再発見してみませんか?

 

天使のエネルギーのこもったカードです

浄化の仕方や使い方をお伝えしながら カードを通して天使とコミュニケーションをとる方法をお伝えします

書店などで販売されているエンジェルカードには 

各カードの意味の解説も付いていますが それがなくても天使があなたに伝えたいことをキャッチする方法を学びましょう

 

エンジェルカードを通じて あなたが夢に描いているものを妨害している物を明確にしたり
夢を現実にする魔法のチャンスを見つけてみませんか?
またワークショップの参加者の皆さんとペアワークをしたりグループワークを使って

あなたが見落としがちな幸せをつかむメッセージをエンジェルカードからリーディング(読み取り)してみましょう

 

「3人寄れば文殊の知恵」

自分一人では思いつかないカードの解釈も 

ワークショップの参加者の手助けを借りて 大きな飛躍のチャンスになることでしょう

 

尚 参加ご希望の方で 天使が大好きですでにご自分でエンジェルカードをお持ちの方はご持参ください

エンジェルカードには何種類もありますが ドリーン・バーチュー博士のものでしたら 

どの種類でもかまいません

またカードをお持ちでない方には こちらでご用意させていただきます

 

いつものように参加者の皆さまには お一人お一人への天使からのメッセージのカードと

恵理菜手作りのお菓子をご用意してご参加をお待ちしております

 

参加方法など詳しくは HPのワークショップをご覧になってお申し込みください

皆さまと天使達と一緒に カードを通して楽しい時間を過ごせる事を楽しみにしております

 

 

さらば、物欲

(By 野原りょうじ)

最近、僕の心境に変化が起きている。そのひとつは、急に物に対する欲求がなくなったのだ。ようするに、物欲がなくなったのだ。

僕は、服が好きだった。僕が大学生の頃、いわゆるD・Cブランド(デザイナーズ・キャラクターズブランド)の服が大流行した。メンズ・ビギやら、アトリエ・サブ・メンやら、アバ・ハウスやら、いろんなブランドが当時流行りのデザインでファッション雑誌を賑わし、それらを僕ら大学生や若いビジネスマン達が買い漁っていたのだ。

今も発売されている『メンズ・ノンノ』が創刊されたのもこの時期で、阿部寛や風間トオルらがモデルをしていた時代だ。1980年代半ばから後半、バブルが始まるちょっと前からバブル真っ最中にかけて。「ああ、懐かしき80年代」と言ってしまえばそれまでだけれど、今思えばバカな時代だった。

そんな80年代を経てバブルも崩壊したが、僕の服好きは相変わらずだった。僕が好きだったブランドは、メンズ・メルローズ。とにかく上から下までメルローズの服で揃えないと気がすまなかった。就活の時にスーツを買ったが、やはりメルローズ。ダークグレーのスーツに、シャツもネクタイもベルトも靴も、全部メルローズ。とにかくメルローズじゃなきゃ嫌だったのだ。

80年代のD・Cブランド全盛時は数多くあったブランドも、バブル崩壊後、徐々に消えていった。しかし我メンズ・メルローズはしぶとく残り続け、僕もメルローズの服を買い続けていた。別に買い物依存症というわけでもない。僕の限られたおこずかいの中から、やり繰りして買っていた。そのようなわけで僕のクローゼットは、メルローズの服でぎっしりだった。さすがに80年代に買った服はもう着れないが、捨てるのがもったいなくて大切に保管していた。

そんな僕が、最近、急に、「もう服なんてどうでもいい」と思うようになってきたのだ。あれほど処分するのがもったいなかった昔の服も、あっさり捨ててしまった。「さらば、80年代」

僕は映画を観る時は、ほとんどが有楽町か日比谷だ。その界隈で映画を観て、有楽町マルイに入っているメンズ・メルローズのショップに立ち寄り、気に入った服があれば購入するというのが主な休日の過ごし方で、ささやかな楽しみだった。でも最近は、マルイに足を踏み入れることさえしなくなってしまった。

服だけではない。もっと広い家に住みたいとか、ホンダのCR-Z(ハイブリッドスポーツカー)が欲しいだとか、オーディオ機器が欲しいだとか、人並みの物欲はあったのだけれど、それがバッタリとなくなってしまったのだ。そして、こんなふうに考えるようになった。家なんて寝るスペースさえあればいいじゃない。東京都内に住んでる限りは地下鉄がウジャウジャと走り回っているんだし、バスや空車のタクシーがいくらでもあるんだから、クルマなんて必要ないじゃない。小さなウォークマンがあれば、音楽だって十分聞けるじゃない。ましてや服なんて、いくらでも持っているんだから、もう買う必要もないじゃない。

この心境の変化は何なんだろう。ひとつ言えるのは、第3次元的なものに対して興味がなくなっているのだ。

第3次元は物質世界だし、今の日本は資本主義社会だ。物を生産して消費して、お金がめぐりめぐって、資本主義社会が成り立っている。でも、僕はもうそんな社会に興味が持てなくなっている。正直、そんな社会は、もうどうでもいいのだ。そういう心境だ。少し前までは、資本主義社会に翻弄され悪戦苦闘していたけれど、もう飽きた。もうやめにしたい。

どうしてこういう心境になったか考えてみると、チャネリングを始めたことが挙げられる。毎晩、瞑想し、高次元の存在達とコンタクトをとっていると、この人間界が滑稽に思えてくる。そして厄介なことに、この人間界で生きている自分自身がこの人間界を離れたがっているということだ。ようするに、もう人間でいたくないのだ。

別に死にたいとか、そういう意味ではなくて、早いこと僕はこの第3次元を卒業したいと思っている。果たしてその思いが、いいのか悪いのか、わからないけれど。

僕とチャネリングでコンタクトをとってくれているお釈迦様から、よく言われる。「汝よ、焦るでない。今が我慢の時じゃ。時期がくれば、なるようになる。だから余計なことは思考せずに、空(くう)でおれ。」

そうだね。僕は余計なことを思考しすぎる。もうしばらくは人間でいるわけだし、今この瞬間を楽しむことも大事だよね。楽しく生きてる人を見ると、こっちまで楽しい気分になることってよくあるしね。

でもね、物に執着しなくなると、ホント気分が楽だよ。別に、お勧めはしないけれど。

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